北岳(19/07/06-07)


☆天気

7/6:曇り

7/7:雨、稜線上は風強し

 

☆コースタイム

7/61日目):国立駅0437===0641甲府駅0710===0905広河原0935---0950分岐---1150白根御池小屋1225---1410小太郎尾根分岐1415---1445北岳肩の小屋(泊)

7/72日目):0300起床北岳肩の小屋0430---0505北岳0510---0530北岳肩の小屋0605---0620小太郎尾根分岐---0735白根御池小屋0750---0910分岐---0935広河原1100===1255甲府駅(解散)

 

☆行動と感想

北岳山行は昨年9月末にも予定されていたのだが、台風の影響により甲府-広河原間のバスが不通となっていることが金曜日夜に判明し突然の中止、大菩薩嶺に行き先を変更したものの大雨となり非常に辛い山行であった。個人的には昨年のOB総会で北岳を目標と定めた手前そこに登りたいという気持ちが強く、昨年のリベンジとして、また海外調査により夏合宿に参加出来ないため上半期最後の山行として、前々から照準を合わせていたものであった。

広河原迄のアプローチにはバスを使う他ないが、上述したように雨が一定量降るとバスは不通となる。従ってバスの運行状況を逐一確認し、注意を払った。天気は1週間前のてんきとくらすでC3000m付近の風予想は25mであったが、水曜日には落ち着いた予報に転じていた。しかし木曜日は関東で大雨であり、その影響で甲府-広河原間のバスは不通となっていたものの金曜日には天気は回復、バスも運行を再開しヤマテンで土日とも晴れ予報となっており、期待が持てた。

 

1日目)

参加者のうち1人が私用により山行に参加出来なくなることが前日に判明した。共同装備は部室に返却してあり、参加者の多くが部室での前泊となったために何とかやりくり出来たが、やはり直前になっての不参加は出来る限り避けるべきであろう。

1年生2人が国立駅近くのネットカフェでの前泊、他は部室での前泊となった。今回は天気の影響で部室も比較的涼しかったが、夏には耐え難い暑さとなる。ネットカフェでの前泊は快適な睡眠という面で非常に有効である。国立駅437分発の電車であったが、多くの者が前日夜遅くに食料や行動食の買い出しを行うなどした。そのため、部室に着いたのは日付を越すか越さないか、という時間であり、睡眠時間が少なかったことは否定出来ない。食料や行動食は各自が前日迄に余裕を持って購入しておくことが望ましい。

電車では睡眠不足を補うように船を漕ぎ、甲府駅へ到着。CLが前もってバスの乗り場を調べて下さっていたため、スムーズに乗り場へと向かうことが出来た。広河原迄のバスはシーズンには満員となり、座れない場合2時間もの間立つことになる。今回は迅速な行動により皆座ることが出来たが、後から来たパーティーの中には立っている人も多く見られた。しかし座れると言ってもザックは腿の上に載せることとなる。これはこれで辛いものである。

ザックの重みに耐えつつ広河原へ。今回は人数が比較的多いので、隊を2つに分けた。自分は後発隊となったため、記録は後発隊のものであることを書き添えておく。

広河原山荘を過ぎ、大樺沢ルートとの分岐を過ぎると急登が始まる。自分は先頭であったが、1日目は肩の小屋まで一気に1500m登るため、ペースは通常の山行よりもかなり遅くしたつもりであった。しかし他にとっては少し速かったようで、ペース調整の難しさを感じた。所々に階段が見られ、そこを登るときは少々辛かったが、それほど疲れることもなく登ることが出来た。2時間で白根御池小屋に到着し、大休止を取って草スベリへ臨む。草スベリの前半には雪渓が残っており、折角なので少し登ることとした。1年生にキックステップを軽く教えて登ったが、彼らは転ぶことなくしっかりと登れていた。雪渓を少し登った後はジグザグの道を進む。ここでも自分のペースがやや速かったようである。反省しきりであった。道中、大学生と思われるパーティーと何回も遭遇し、顔見知り状態となったため声を掛けると横浜国立大学のワンダーフォーゲル部であることが判明した。

樹林帯が途切れてハイマツ帯となればもう一踏ん張り、稜線に出る。稜線上はガスに覆われ、景色も何も見えなかった。また東風が強く、草すべりを登り切って休んでいるとすぐに体が冷えてしまった。動くと暑くなるが、いざ休むと冷える。暑がり且つ冷え性の自分にとっては厳しい。何とも面倒な性である。

稜線上を肩の小屋へと向かう。2015年版の山と高原地図では小太郎尾根分岐から肩の小屋まで30分となっているが、分岐の看板には40分とある。実際、岩場のピークを3つ程越える必要があるため、後者の方が妥当ではないかと思われる。最後のピークを越えると肩の小屋は目前である。肩の小屋のテント場は稜線上と稜線から少し下ったところに其々ある。どちらも広い訳では無いため、早めに到着しておくのが無難であろう。テント設営後は3000m看板で写真を撮るなどしていたが、途中何回かガスが晴れて北岳方面が見える瞬間があった。それまで景色が全く見えなかった分、山容が見えた際には思わず声を上げてしまった。しかし見えているのは北岳手前のピークで、北岳本峰でないことには注意する必要がある。この事実を聞いたときは多少萎えた。

先程知り合った横浜国大のパーティーも肩の小屋に泊まっていたので、少し話をした。新歓に成功して、1年生が17人も入部したらしい。成功の理由は、タダ飯。やはり1年生にとって最も訴求力がある新歓とは、ご飯を奢ること、これに尽きるのである。一橋祭の題目がおしるこに決まった折、我々もそこで新歓費を稼ぎに稼ぎ、来年度の充実したタダ飯新歓に繋げてゆくことの重要性は明らかである。

この後、1人が頭痛を訴えた。小屋に到着してから症状が出始めたようで、高山病であったと思われる。症状が改善しなかったため、当人と上級生2人の計3人をエスケープ隊として翌日の朝に下山させ、他の6人で北岳を目指すこととなった。

夕食は食事係のセンスが光る、北岳にインスパイアされたステーキ入りパスタ。山の上で肉を食べられるとは思ってもみなかったので、正直感動した。今後は肉を用いるグルメ山行も積極的に提案していきたい次第である。

夕食後は天気を確認し、早々にシュラフに潜り込んだ。稜線上であるためか、docomo4G電波のアンテナが4本立っていた。自宅では3本であるので、自宅よりも北岳の方が電波の通りは良いようである。北岳を自宅とすべきかもしれない。ヤマテンの予報は下方修正されていたが、明け方以降は晴れの予報であった。しかし、21時頃から暴風雨となり、テントが大きく揺れることもあった。テントごと吹き飛ばされないように祈りつつ、目を閉じた。

 

2日目)

雨は弱まっているような印象を受けたが、相変わらず風が強い。朝食のカップラーメンをテント内で作り、仕度をしてから意を決して外へと出る。強くはないが、風によって横殴りの雨である。撤収の際は、テントが吹き飛ばされないように細心の注意を払いつつ撤収した。

空は白み始めたが、視界は20mほどしか効かない。このような悪天候であるため、小太郎山へ行くことは避け、北岳に登った後エスケープ隊と共に広河原へと下山することとなった。小太郎山への道は山と高原地図で破線扱いであり、横浜国大パーティー曰く道が不明瞭であるらしい。この判断は賢明なものであったと思う。

北岳への道は雨に濡れた岩場であり、水を含んだテントを入れた重いザックを背負いながら強風の中を行くことは注意を要した。コースタイムより15分巻いて北岳登頂を果たす。自身が目標としてきた山であったため達成感はあったが、如何せん景色が見えない。晴れてさえいれば、心に残る山行であったと思う。晴れてさえいれば。

そそくさと退散して肩の小屋でエスケープ隊と合流、黙々と下山した。疲れからか、或いは雨によって地面がぬかるんでいたからか、体勢を崩したり滑ったりする者が見受けられた。この点については注意が必要である。

広河原を10時に出るバスに乗るつもりで下山して9時半過ぎに到着したのだが、10時発のバスなど存在せず、次は11時であると言う。しかし11時までの時間を各自着替えや濡れた衣類等の処理に使った結果、暇を持て余すことにはならなかった。帰りのバスも満員であり、濡れたザックを腿に載せ、ズボンを乾かした意味が薄らいでゆくのを感じながら、広河原を後にした。

 

風雨に見舞われながらの山行であったものの、本邦第2位の高峰、そして自身が目標としてきた山に登ることが出来たのは良かった。普段よりもペースが遅かったこともあろうが、登りに関してきついと思うことはほぼ無かったため、自身の成長を僅かながらも感じることが出来た。そして1年生も、余裕があるとは言えないまでも標高差1500mのルートを踏破している。夏合宿でも是非頑張って欲しいと思う。

但し、山行前のゴタゴタや下山技術については課題が残る。また、荒天でのテント撤収となったためか下山時の共同装備の配分が乱れ、自身の分担ではない装備を持たされる者もあった。夏合宿という部の中核を成す活動を迎える前に、今一度このあたりを見直しておく意義は大きいと思われる。

北岳肩の小屋から北岳方面を望む(7/6 15:25 撮影=内山)